サモエドの すずまる だよー!よろしくねー♪


by suzumaru-1110

カテゴリ:ネロリの小部屋( 71 )

競馬の思い出

久しぶりに昨日有馬をテレビで観た。

最後の花道を八馬身差で駆け抜けたオルフェーブル。

記憶に残るレースとなった。



有馬が終わると、いよいよ一年も終わり。

そして年明けと言えば、金杯から。


未だにそう考える私。


平成元年私は大学生になり、その大学は競馬場の目の前だった。


夏休み直前、せっせと履歴書を書いている友人に何をするのか聞いたら、

明日競馬場のアルバイの面接に行くのだと言う。

7月の半ばから8週間、小倉競馬が開催されるので、そのアルバイト募集が新聞に載ってたのだそうだ。

日給を聞けばすこぶる良かったので、ちゃっかり私も行く事にした。

競馬を見た事も無く、なんの知識もないまま試験、面接を受けて帰った。

その後葉書で合格通知が届き、友人も私も晴れて競馬場のコンパニオンとして

ひと夏を過ごした。

仕事は出入り口でレーシングプログラムを配ったり、インフォメーションで案内。

真夏エアコンも無い中、せっかくの夏休み土日はアルバイトなんてつまらなくて続くのかとも思ったが、

コンパニオンの中から運良く選ばれて、

9、10、11レースはウィナーズサークルでレースが終わるのを待ち、

勝利騎手、調教師、馬主さんに花束や記念品を渡す役目を仰せつかった。

青々としたターフの上を色とりどりの勝負服のジョッキーを乗せて、

まるでロダンの彫刻の様な馬が駆け抜ける姿を見ているのは実に楽しかった。

サークルで勝ち馬、関係者と毎回写真におさまり、それを貰えるのも嬉しかった。



夏が終わり、これまたラッキーな事に場外にもコンパニオンとして働かないかと誘ってもらい、

私の大学生活4年、土日はほぼJRA小倉競馬場で過ごした。


当時バブル真っ盛り、競馬場がお洒落なスポットとして人気が出始め、

デートや、若い女の子同士の来場も増えていた。

そして空前のオグリキャップ人気。


引退レースのオグリ。

でもオグリキャップは燃え尽きて、有馬に勝てるとは思われていなかった。

しかしラストランを見ようと、場外にも関わらず沢山の観客が小倉にも来ていた。

そしてまさかのオグリの勝利。

中山と同じように、小倉でもオグリコールが起きたのを覚えている。



今では当たり前のマークシートが競馬に導入された有馬も記憶に鮮やかに残っている。

その日は小倉始まって以来、一番位の入場者数。

マークシート説明のアルバイトも雇われていたのだが、

どう書けば良いか分からない客が多過ぎて、到底係りの者だけで捌ききれず、

場内案内のコンパニオンにも人が押し寄せた。

殺気立つ長蛇の列、朝から有馬の発売が〆切られるまで書いて書いて書いた。

その朝から気分が悪かったのだが、途中から悪寒がして手足の間接が痛くて仕方なかったが、

自分の周りに人だらけで、昼休みの休憩どころか一歩も動けなかった。

私からインフルエンザをもらった人も少なからず居たのではなかろうか。



有馬が終わると波が引く様に消えてしまう人。

そしてあの特別な高揚感が去った後の虚しさ。

ああっ、今年も競馬から解放されたと思いつつも、寂しい気持ちになっていた。



私は終生、競馬場での4年間を懐かしく思い出すのだろう。
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by suzumaru-1110 | 2013-12-23 18:13 | ネロリの小部屋

平和祈念日

8月9日

68年前長崎に原子爆弾が投下された日。

日常に忙殺されて、ここ何年か夕方のニュースで、

ああそうだった・・・と思うだけであった。


今年は8月6日の広島の平和記念式典をテレビで見て、黙祷をささげた。

それも毎朝の「あまちゃん」を見る為にたまたまついていただけなので、

不心得者もいいとこなのだが。

その時に長崎の平和祈念を忘れまいと思った。


私の故郷小倉。

原子爆弾は、本来は小倉に投下される筈だった。

その日、小倉の上空は曇天で投下を3回試みたものの、標的が目視できず、

第二の標的地長崎に原爆は落とされた。



小中学生の頃、夏休みの登校日の中には、必ず8月9日が指定されていた。

私達の両親や祖父母の代わりに、犠牲になった長崎の犠牲者を悼む為である。

蒸し暑い体育館や校庭で、黙祷したことを憶えている。


母からも、小倉に落ちていたら、私は産まれる事さえ無かったと、

繰り返し聞かされた。


その母も逝き、

私があるという事の尊さ、そして導いてくれた沢山の人への感謝を感じる今、

犠牲となった方々へ、

戦争で亡くなった方々、

戦後の復興を成し遂げた方々へ

静かに頭を垂れようと思う。
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by suzumaru-1110 | 2013-08-09 08:55 | ネロリの小部屋

小田巻き

ここのところ考えたところで、私が何にも出来るわけではないのに、

夢にまで見て目が覚める事が有る。

いつ電話が鳴るのか、それが怖くて仕方ない。



その悩み事で食欲も無く、ただ少しずつ飲み込む。そんな毎日。

今日は雨模様で、更に気分も下降気味。

朝も食べなかったし、このままだとお昼も食べたくない。

好きな物なら多少は食べる事で気も紛らわせることが出来るかも。


さて、私の好物って何だろう。

いつの頃からか、これを食べるだけで幸せだと思える物が無くなった。

好きだった物も、ただ美味しいだけで、どうと言う事も無い。

贅沢になったのか、鈍感になったのか。


子供の頃から月の半分は寝込んでいた。

扁桃腺の弱かった私は、高熱と喉の痛みに苦しめられ、氷以外は食べたくなかった。

葛湯、おかゆは苦手でひと口でペソをかいた。


そんな時に母が作ってくれたのは、小田巻き。

(母は小田巻き蒸しとし言わずに、小田巻きと言っていた)

冷蔵庫には材料が揃っている。

すずまるのご飯を作る為に、干し椎茸も水に戻してあるし、うどんもある。

作るのが面倒な気がしたが、思い出したら急に食べたくなった。


干し椎茸の戻し汁を少し加え、鰹と昆布で出汁を取り卵と混ぜた。

茹でうどんの上に、かしわ(鶏肉)、海老、かまぼこ、椎茸、ほうれん草、三つ葉、

そして我が家流の栗の甘露煮も載せて、たっぷりの卵液を掛けた。

百合根と銀杏も欲しかったが、無い物は仕方ない。

主人には牡蠣も入れた。


本当は小丼でお上品に頂くのだろうが、今日は丼にたっぷり作った。

ラップをして半分の高さにお湯を張って、ぐらぐら地獄蒸し。

蒸し上がったら、柚子の皮を振りかけた。


少し出汁が多過ぎたのか、ゆるゆるだったが、懐かしい小田巻きの味。


冬の寒い半ドンの土曜のお昼にも作ってもらっていたな。


ああっ、美味しい。

あっと言う間に平らげた。

初めて作ったにしては上出来で、気分が良くなった。

写真を撮っておけば良かったと、心も動き出した。


母から受け継いだ物は、しっかり私の中で根付き私を作っている。




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うどんを少しお相伴したすずまる。

お腹一杯になったら、お昼寝?

私もお供して寝ようかな。
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by suzumaru-1110 | 2013-01-22 14:09 | ネロリの小部屋
伊豆古奈温泉の東府やさんにパンを買いに行ったことを、

生粋の伊豆の人に話していたら、

「ちょうふや」ではなくて、「とうふや」ではないかと訂正された。

そう、私が行ったのは「とうふや」さんなのだ。

でも知らず知らずの内に、私は「ちょうふ」と話していた。

私は何故自分が間違ったのか、思い当たることが有る。


私の生まれ育った北九州の隣、関門海峡を渡れば下関市の長府がある。

そこはなかなか風情のある町で、侍町には武家屋敷の白壁が今でも残り、

乃木神社に参拝し、功山寺毛利邸の庭を拝見し、梵天でひと休みが私のお気に入りの散策コース。


それが私が大人になってからの楽しみ方だったが、

それ以上に私の中にある長府はもっと意味がある。




私の父は小さな会社を経営していて、長府製作所とも取引があった。

時々父はそこに出向いていたのだが、小学校に上がる前の私を連れて行ってくれた。

いつもは多忙で私が起きている間には帰ることなどなく、なかなか顔さえ見れない父。

その父が運転する車で私は長府に行くのが、何よりも嬉しかった。

関門橋から見下ろすキラキラ光る早鞆の瀬戸。

私は身を乗り出さんばかりに、車窓からはしゃいで見た。

それは今でも鮮やかに、目をつむれば思い浮かぶ。

思えば仕事に邪魔なのに、私の喜ぶ顔をただ見たくて、父は連れて行ってくれたのだと思う。


そして長府に行く時は、私は友達や近所のおばちゃんたちに吹聴していた。

「明日、とうふに行くの」

そう、幼い私は「ちょうふ」が言えなかったのだ。

「とうふに行く」私の中では、父と二人で出掛けるかけがえのない、誇らしい出来事だったのだ。

近所のおばさんたちは、

「良かったね」

と私の話に合わせてくれていたのを覚えている。




長府に着いてからどうしていたのか、他の記憶は全くない。


二人だけで行った「とうふ」と、キラキラ光る海峡。

一緒に過ごした時間よりも、もう逝ってしまってからの方が長くなってしまったのに、

思い出すだけで、幸せになる特別なもの。
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by suzumaru-1110 | 2012-10-27 20:22 | ネロリの小部屋
どうやらこのご近所は、お祭りの模様。

「子供会の神輿が通ります」のアナウンスと共に、可愛らしいお祭りが昼間通り過ぎました。




そして先程、耳に届いたのは、

「月が出た出た、月が出た―♪ヨイヨイ。三池炭鉱の上に出た―♪」

炭坑節。

どうして、ここで筑豊の炭鉱節?



盆踊りで、慣れ親しんだ曲。

まさか福岡筑豊炭田、盆踊りの定番曲で、御神輿を担ぐのはびっくり!!!


「青年会の御神輿が通ります」の声と共に、鳴り響く炭鉱節。



荒々しいお祭りに慣れた私には、こののんびりの曲調でのお祭りには、かなり驚かされました。


でも久々に聞いた炭坑節で、未だ盆おどりを踊れた私の記憶力に、ちょっと安心。






お年寄りって、昔の事は鮮明に覚えてるんですよね?たしか。


そうなると、踊れるのは、子供還りってことーーー?!

喜べない。。。
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by suzumaru-1110 | 2011-09-10 20:04 | ネロリの小部屋

老化

7年くらい前から、毎年11月30日、12月1日に携帯で自分の顔写真を撮っている。
(恥ずかしいので、コッソリ誰にも見られないように)

化粧した顔と、素顔の両方。

昨日ファイルを整理していて、見つけたのでしみじみ眺めた。



顔が違う。。。

何よりも大きさ!

最近たるんで来た来たと思っていたものの、かなりショック。

そうだよなー、枕の後も、サングラスの後も、しつこーくいつまでも消えないし。




おまけに頭の中身も、スカスカになって来たし。

そうそう、ほろ酔いでコメントにお返事して、次の朝見ると、誤字脱字でなんじゃこりゃ?!

急いで修正すれば良いのに、まぁきっと意味は分かってくれるでしょって放置。

こういう図々しさ、羞恥心が薄くなるのも、老化?!

まぁ、これは自分の問題かな。



毎夜のアルコールで、脳細胞さんが随分死滅しちゃってるだろーなー。


体も頭もアンチエイジングを真剣にしないと!!

良い方法をご存知の方がいらっしゃったら、教えて下さいませ。
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by suzumaru-1110 | 2011-08-29 08:47 | ネロリの小部屋

地域限定

あるブログを読んでいたら、クランチバーのアイス画像。

そこには、「ブラックモンブランですね」とのコメントが。

バニラアイスにチョコレートコーティング、クッキークランチが付いていれば、私もそう思う。

でも他の方のコメントは、「えーっ、それ何?」

ブラックモンブランが地域限定と初めて知って、ショック。



その昔、チロリアンがほぼ福岡限定のお菓子だと知った時以来。

チローリアン♪のCMは彼の地で生まれ育った者なら、誰でも知ってるんじゃないだろうか。


チロリアンはちょっと高級で、お土産で頂く物。

普段家で買うのは、それに良く似たパピロという廉価バージョンのお菓子。

そんなパクリ(失礼)まであるので、まさかローカルな物とは思わず、本当にびっくりした。





そう言えば、テレビの9時の時報と言えば、ふくさ屋の「ピシャっと9時をお知らせします。」

きっとこれも九州?福岡?限定だ。

静岡では見ないもの。




そして、福岡発祥の「ひよこ饅頭」を東京銘菓だと思ってる人が多いのにもびっくり。

今度帰ったら、吉野堂で南蛮往来でも買って来よう。



皆さんの地域にも、全国区だと思っていたら、限定だったって商品沢山あるんでしょうね。
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by suzumaru-1110 | 2011-06-27 07:12 | ネロリの小部屋

なかなか

ブランドの広告写真を私は好きだ。

勿論商業的なんだけれども、美しい。



最近は宣伝用のショートフィルムもなかなかだと思う。


朝食の光景で、全員がサングラスをかけていたり、

バッグが目立つよう、不自然な持ち方だったりして、鼻白む場面もあるけれど、

マイナスを引いても、面白いと思う。



とりわけ好きな3作品。

ディオールの「Lady Grey」
(入力しますの後、一番左マリオンをクリック)

「ヘドヴィグ アンド アグリーインチ」のジョン・キャメロンミッチェル監督作。


シャネル「The tale of a fairy

クルーズライン用だけに、避暑地で過ごすデカダンな感じが、ヴィスコンティを思い出す。



そしてシャネルNo5(No5 the filmの2'20をクリック)

オリエント急行、イスタンブールの旅が舞台。

監督は「デリカテッセン」や「アメり」で有名なジャン・ピエール・ジュネ。
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by suzumaru-1110 | 2011-05-23 08:55 | ネロリの小部屋

ノスタルジー

いつも早々と寝てしまうが、昨晩はETV「カズオ・イシグロを探して」再放送をじっと見た。




記憶がその人をその人たらしめている。


そして色褪せて行く記憶を、留めていたい。




その彼の思いを平易な言葉で緻密に描かれる世界が、人々の琴線に触れるのだろうか。

確実に私は魅かれている。




私の最初の記憶は、1歳前に入院していた部屋での夜。

病室の中は既に真っ暗で、ドアの小さな窓から廊下の明りが洩れていた。

私は玩具の真珠のネックレスを手でいじっていた。

見回りに来た看護婦(当時の呼称だと)がドアを開けた瞬間、手の中の真珠が飛び散った。



その後の記憶は無い。


その記憶を思い出す度に、不安や恐怖、そして寝ていなければいけない時間に起きていた罪悪感、

お気に入りのネックレスが壊れたことが惜しい気持ちが蘇ってくる。


でもそれは、本当に私が記憶していた事なのか、

実際は母から聞かされた事なのか、私には区別が出来ない。

もうそれは私のものとして、いつの間にか刻印されているから。



時に感傷的に思い出す記憶。

それは現実だったのか、自分の中で形を変えた世界なのか分からない。

でもこの記憶が私なんだなと、改めて思った昨夜だった。
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by suzumaru-1110 | 2011-05-23 08:21 | ネロリの小部屋
ニコニコ生配信で、自宅でも観られます。

5月13日20時50分開場 1600円だそうです。
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by suzumaru-1110 | 2011-05-11 19:58 | ネロリの小部屋